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札幌地方裁判所 昭和49年(ワ)1371号 判決

原告 遠藤照子 ほか二名

被告 国 ほか一名

訴訟代理人 有倉照雄 ほか六名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判〈省略〉

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (訴外遠藤市夫及び同井澤行雄の死亡)

(一) 訴外遠藤市夫及び同井澤行雄は、昭和三九年六月四日午後八時ころ、北海道河東郡音更町字中士幌一号地先音更川の折からの降雨により増水していた濁流に流され、訴外行雄はそのころ死亡し、また、訴外市夫はそのころ以来行方不明となつたが、昭和四二年一月一一日失踪宣告が確定し、昭和三九年六月四日死亡したものとみなされた。

(二)(1) 前記地先音更川に略東西に架る駒場橋西端(右岸側)と駒場側堤防との間を連繋し、かつ、音更町中士幌幹線一二号(以下、「本件道路」という)の一部を成している取付盛土部分(以下、「本件盛土」という)のうち駒場橋西端から約二〇メートルにわたる部分は昭和三九年六月四日午後八時ころ迄に、折からの降雨による音更川の増水により流失し、本件道路のうち本件取付盛土流失部分は一面河川と化し、かつ、右駒場橋の路面と音更川水面との間に約二メートルの落差が生じていた。

(2) 訴外遠藤市夫は同日午後八時ころ、原動機付自転車をその後部に訴外井澤行雄を同乗させて運転して右駒場橋を中士幌方面から駒場方面に向け通過しようとした際、本件取付盛土流失個所で駒場橋から濁流中に訴外行雄と共に転落したものであつた。

2、3 〈省略〉

4  (本件死亡事故の原因)

本件死亡事故は、本件道路の一部たる本件取付盛土が音更川の増水のため流失していたこと、ひいて、本件取付盛土の設置管理及び音更川の管理の瑕疵に原因がある。

5、6 〈省略〉

二  請求原因に対する認否〈省略〉

三  抗弁(被告両名)〈省略〉

四  抗弁に対する認否〈省略〉

第三証拠〈省略〉

理由

一  (訴外遠藤市夫及び同井澤行雄の死亡事故)

昭和三九年六月四日、北海道河東郡音更町字中士幌一号地先音更川にかかる駒場橋の駒場側の本件取付盛土が折からの降雨による河川の増水で流失したこと、同日午後八時ころ訴外亡市夫が原動機付自転車を運転して駒場橋を中士幌方面から駒場方面に向け通過しようとしたこと、訴外亡市夫及び右自転車の後部に同乗していた訴外亡行雄の二名が濁流に流され、訴外亡行雄はそのころ死亡し、訴外亡市夫は行方不明となつたことは、いずれも当事者間に争いがない。

右各事実に、〈証拠省略〉を総合すれば、本件取付盛土の流失によつて、中士幌、駒場間の本件道路のうち駒場橋西端から約二〇メートルにわたる部分が喪失して同所が一面河川と化し、駒場橋路面と水面との間に約一・五メートルの落差が生じていたことを認めることができ、以上の事実から訴外亡市夫が同乗の訴外亡行雄とともに本件道路の本件取付盛土流失個所で水面に転落したことを推認することができる。

また、〈証拠省略〉によれば、訴外亡市夫につき昭和四二年一月一一日失踪宣告の裁判が確定して、同訴外人は昭和三九年六月四日死亡したものとみなされたことが認められる。

二1  (本件取付盛土についての被告町の設置管理)

本件道路が被告町において町道として認定した中士幌幹線一二号の一部であり、その道路たる営造物であることは当該当事者間に争いがない。

2  (本件取付盛土についての被告国の管理の存否)

原告らは、本件取付盛土は被告国の営造物でもあると主張する。

思うに、公の営造物とは、行政主体により公の目的に供用される有体物ないし物的設備をいうものであるところ、右有体物ないし物的設備が或る行政主体の営造物であるというためには、それが当該行政主体により設置、所有されているものである必要はないが、現実に当該行政主体の管理上の支配力が及び得ることを要するものと解するを相当とする。

本件取付盛土が道路としての効用を有すると同時に認定河川たる音更川の河川区域内に設置された工作物であることは当事者間に争いがないが、本件取付盛土が河川の附属物(同法四条二項)であることは、右規定にいう地方行政庁の認定について、これの存在を肯定する何らの主張、立証もなされない以上、これを認め得ないというほかない。したがつて本件取付盛土は被告国の機関たる北海道知事において音更川の河川附属物として管理するものの範囲には入つていないものといわざるを得ない。次に本件取付盛土はその新築、改築には旧河川法一七条に基づき、被告国の機関たる北海道知事の許可が必要であること、本件取付盛土を設置することは河川敷地を占有することになるので、同法一八条に基づき、北海道知事の許可が必要であることは当事者間に争いがないが旧河川法一七条の許可は、河川区域内における工作物の新築、改築が河川における一般の使用を妨げ、河川の機能を減殺するような支障がない場合に与えられるものであり、旧河川法一八条の許可は、河川敷地占用によつて河川の機能を減殺するおそれがなく、これが特に社会経済上の必要性を有する場合に与えられるものであるから、被告国の機関たる都道府県知事は、これらの許可をなすにあたり、河川に与える影響の点から当該工作物の安全性について審査することはあつても、当該工作物の他の面からみた安全性についてはこれを審査する権限があるとは解し得ない。したがつて、本件取付盛土に関し、被告国の機関たる北海道知事が旧河川法一七条、一八条の許可をなす立場にあつたとしても、そのことのみをもつて被告国が本件取付盛土に対し、それ自体の安全性の面からする管理上の支配力を有していたと解することはできない。

そこで、他に被告国が本件取付盛土に対し管理上の支配力を及ぼし得たと認めるに足る証拠はないから、本件取付盛土が被告国の営造物であると認めることはできない。

そうしてみれば本件取付盛土が被告国の機関たる北海道知事の管理にかかる営造物たることを前提とする原告らの被告国に対する本訴請求はこの点において理由がないことが明らかである。

3  (音更川についての被告国の管理及びその瑕疵の存否)

音更川が被告国の機関たる北海道知事の管理にかかる河川たる営造物であることは当事者間に争いがない。

原告らにおいて右北海道知事が流失を予測された本件取付盛土の設置及びその河川敷地占用の各許可をし、かつ、本件取付盛土の改築を命じなかつたこと及び本件取付盛土の流失を防止すべき河川工事をしなかつたことにおいて音更川そのものについての管理の瑕疵があると主張するところである。

しかし、かかる河川の管理の目的と内容は公水たる河川即ち流水及びその敷地を公共の利益を確保し、また、増進するために或いは公共に対する水災の害を防止するため維持改良するにあると考えられ、他方、旧河川法一七条の工作物設置の許可及び第一八条の河川敷地の占用の許可は前示の如く右目的とは別にこれを阻害しない範囲において或いは他の必要性に基づいて許可ないしは特許するものであると考えられるから、河川管理の内容はかかる河川附属物には属しない工作物ないしは河川敷地占用物そのものの維持保全には原則として及ばないものといわなければならない。

そうしてみれば、北海道知事が本件取付盛土の設置及びその音更川敷地占用の各許可をし、かつ、本件取付盛土の改築を命じなかつたこと並びに本件取付盛土の流失防止のための河川工事をしなかつたことは他に特段の事情の主張立証のない本件においては未だ何ら音更川管理上の瑕疵に当るものということはできない。

しからば音更川の管理につき瑕疵があることを前提とする原告らの請求は理由がないことが明らかである。

三  (消滅時効の成否)

一般に、民法七二四条にいう被害者が損害及び加害者を知るとは、被害者が損害が発生したこと及び加害行為の違法たることを知ること並びに賠償請求が可能な程度に加害者を知ることであると解されるところ、加害行為が違法であることを知るというためには、通常人であれば不法行為成立の可能性が相当あると判断するに足りる基礎事実を認識することで十分であり、また、社会通念上、調査すればごく容易に加害者が特定できる立場に置かれた場合には、賠償請求が可能な程度に加害者を知つたというべきである。

これを本件についてみるに、先ず、原告らが訴外亡市夫及び同亡行雄の各死亡を本件事故発生直後に知つたことは当事者間に争いがない。

次に、〈証拠省略〉によれば、本件事故発生当日は音更町始まつて以来の豪雨で、右豪雨は付近一帯に大きな被害をもたらしたが、人的損害としては音更町において本件事故によるもののみで、本件事故は、その発生時より新聞等にも報道されるなど注目を集めていたこと、事故発見の契機は遺族からの行方不明の通報であつたこと、原告井澤政之助は、事故後、訴外亡行雄の死体発見現場を、原告井澤チヨは駒場橋付近にそれぞれ赴いていること、原告らの手には訴外亡市夫らの捜索に加わつた知人の訴外佐久間忠の撮影した本件現場の写真(〈証拠省略〉)があること、事故後、訴外亡市夫の遣族である遠藤家では事故の原因及び第三者の責任について強い関心を抱いていたこと、原告遠藤照子は事故後約二か月ほど遠藤家にとどまり、以後、原告井澤政之助、同井澤チヨらの実家側にもどつていること、そして何よりも原告遠藤照子は訴外亡市夫の妻で本件事故当時結婚わずか二か月であつたこと、原告井澤政之助、同井澤チヨは訴外亡行雄及び原告遠藤照子の両親という関係にあつたことが認められるのであつて、右認定事実によれば原告らはいずれも本件事故の態様に強い関心を持ち、かつお互いの情報を交換しあつていたと推認できるところ、更に、右各証拠によれば、本件事故には目撃者はなく、その原因については現場の状況に遺族らの話を総合して検討した結果、帯広警察署では昭和三九年六月八日に、また被告町では遅くとも同月二五日までに夫々前記一のような事故の態様を推定したことが認められるから、結局原告らは遅くとも同月二五日までには本件事故の態様を知つたと推認でき、前記一の事故態様にかんがみれば、原告らは同日までには通常人なら道路(本件道路の本件取付盛土流失部分)の管理に瑕疵があつたという可能性が相当あると認識する立場に置かれるに至つたと解すべきである。

なお、〈証拠省略〉によれば、原告らが道路の管理者の責任を意識したのは昭和四九年のいわゆる多摩川水害問題に関するテレビ番組を契機とすることが認められるが、右は原告らが道路の設置管理状態の法的評価をはじめて得たことを意味すると解されるにすぎないから、これをもつて前記認定を左右することはできない。

更に、〈証拠省略〉を総合すれば、本件道路は公共の通行の用に供されている道路であり、公の営造物であることが一見して明白であることが認められるところ、原告らはいずれも通常の社会生活を営むものであるから、原告らにとつて本件道路が国又は地方公共団体のいずれの営造物であるかを調査するに特段の支障を窺わせる事情もみられない以上、原告らは、前記のとおり本件取付盛土の流失によるその設置管理に瑕疵があつたという可能性が相当あると認識する立場に置かれた時点で、営造物の設置、管理の主体が被告町であることをごく容易に知り得たというべきである。

以上を総合すると、本件において原告らは、遅くとも昭和三九年六月二五日までには民法七二四条にいう損害及び加害者を知つたというべきであるから、原告らが被告町に対し損害賠償請求権を有するとしてもそれらは右日時から三年間を経過した昭和四二年六月二五日の満了をもつて時効消滅したという他ない。そして、被告町が消滅時効を援用したことは本件記録上明らかである。

四  よつて、原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 磯部喬 秋山壽延 寺田逸郎)

別表〈省略〉

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